在タイ日本人子女教育応援ジャーナル「Sukusa」

現在、バンコクで発行されている在タイ日本人子女教育応援ジャーナル「Sukusa」のバックナンバーです。

Sukusa Vol.49 May. '08

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Sukusa

在タイ日本人子女教育応援メール・マガジン

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<Sukusa Vol.49の協賛スポンサー様> −−−−−−−−−−−−−−−−−

*The Regent's School 様(インターナショナルスクール)

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*泰明倫館 様(学習塾)

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*泰夢 様(学習塾)

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*Charter International School(インターナショナルスクール)

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Bangkok International Preparatory & Secondary School(インターナショナルスクール)

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明徳義塾中学校・高等学校

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<Contents> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

*5月号の特集より

*如水館バンコク開校 

*めざせS.E.N.S 特別支援教育士への道

*書評

*新・頭のよくなる風水

*編集部よりお知らせ

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<5月号の特集より> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

子どもを「小さな人間」として考えてみる。

 

 私たち大人が子どもと接し、またしつけていく場合、大人がこれまで身につけてきた知識や社会常識を一方的に子どもに押し付けてしまうことがしばしばあります。これは大人がこれまで生きてきた経験から「あるべき人間性」というものが備わってきたからに他ならないのですが、子どもにとっては未経験なことが多く、大人の言うところの「あるべき人間性」というものがなかなか理解できません。

 では、そんな時大人は子どもにどのように接していき、どのように子どもの特性をとらえていけばいいのでしょうか。

 そこで今回は子どもを「小さな人間」としてとらえ、子どもが成長する人間としてどういう思考や行動が伴われているのかを少々学術的に論じてみたいと思います。

 

 今日、子どもの教育について様々な議論が繰り広げられている。しかし、こうした議論をよく見てみると、そのほとんどが大人の側から発せられた意見によるもので、実際に教育を受ける立場の子どもたちの声が聞こえてこない。子どもを「小さな人間」と考えるならば、昨今の教育に関する諸議論にも当然子どもの意見も反映されるべきであろう。

 だが、その反面、子どもは人間としては成長途上にあり、教育を受ける立場の人間でもあるから、教育の世界に子どもの意見を反映させるということは、場合によっては子どものエゴを反映させることにもなりかねない。そうなれば、子どもは自分にとって楽なものへと突き進もうとする事態になりかねない。

 では、子どもの目線に立ちつつも、大人の責任で子どもをしっかりと教育あるいは人間として導いていくためには、どのように取り組んでいけばよいのであろうか。

 まず、子どもの目線に立ちつつも、大人の責任で子どもをしっかりと教育していくプロセスとして、大人が子どもというものを客観的に分析していくという作業が必要である。

 オランダの教育学者ランゲフェルトは「教育学は何らかの普遍的な概念あるいは公理から出発して教育の理論を演繹的に構成するのではなく、まず教育と呼ばれる現象をありのまま分析することから始めて、日常的な教育の経験概念を手がかりに現象学的に行わなければならないと言い、教育学の学問性に連関して教育学の哲学的な根本問題が『教育されねばならなぬ動物』としての人間である」としている。

 すなわち教育というものを、日常生活の中に存在する教育的要素を学ばねばいけない人間という動物にいかに与えていくかというとらえ方をしている。そして、ランゲフェルトは教育学における特に子どもに対してのとらえ方について、「教育学に目標を提供してきた哲学的な人間観は、伝統的に大人を暗黙のモデルとした人間観であって、人間は誰でも最初は子どもとして産まれ、子どもから徐々に発達して大人になるという基本的な人間の生の事実に無関心であった」と、これまでの教育学の理論は大人中心で考えられたもので、必ずしも子どもの目線に考えられたものではないと批判している。

 ランゲフェルトはこうした考えのもと、人間を教育を必要とする動物と考え、特にその対象となる存在を子どもに見て、いかにして子どもをより良く教育していくことが重要であるかということを説き、これまでの教育学がいかに人間、特に子どもに対する研究が足りなかったかということを指摘し、研究の対象を子どもに重点を置くというスタンスをとった。

 ランゲフェルトのこうした理論は、現在の教育の諸問題を解決していく上での根本的な考え方として広く取り入れられるべきであろう。例えば、不登校の問題を考えてみた時、大人の側の意見から見ると、「学校の指導が悪い」であるとか、「親の躾が悪い」といった水掛け論に陥りがちであるが、不登校を起こしている当の子どもにもそれ相応の理由が考えられるので、特にこういう問題の場合はランゲフェルトの理論は問題解決に大いに役立つものとなるだろう。

 では、子どもの目線に立った教育はどのようにされていくべきものであろうか。

 そのためには子どもという存在を客観的にとらえる必要がある。和田によれば、「子どもはまずその存在自体が自らわれわれに向かって保護と援助を訴える『本質的に大人に依存した、まだ頼りない存在』であると同時に、すでに『自分の意志をもった独自な人格的存在』である」としている。

 時として大人は大人の価値基準で子どもをとらえ、大人から「躾」という名の元に子どもを大人の望むべき方向へ導こうとする。ある部分では子どもに対してこうした接し方も必要なことであるが、子どもは大人に依存しつつも一個の人格を有しているということを、教師や親をはじめ世の大人たちは念頭に置いて子どもと接して教育をしていくことは非常に大切なことであろう。

 こうして見てみると、教師や親をはじめ世の大人たちは、子どものこうした特性をしっかりと理解し、子どもに対して人間としての規範を示しながら教育をしていくことが重要であると言える。その規範は、もちろんグローバルスタンダード的なものもあるだろうが、それぞれの民族が生きてきた伝統文化や歴史に根ざしたものに依拠すると言っていいだろう。この点についてはランゲフェルトも、「特に子どもが大人と大人の文化に由来する規範に積極的に対面し協調していく過程として理解されなければならない」と指摘している。

 以上を踏まえ、子どもの目線に立った考え方とはどういうものなのでろうか。

 この点について和田は、「^人間存在の本質的な形式として子どもの現存在を理解するという方向と、_子どもの現存在を通してこれまでの人間理解を問い直すという二つの方向をもち、`子どもや子どもをめぐる事態を、子どもが志向し経験している意味に即して把握するものである」と端的にまとめている。

 人間の存在の根本を子どもを理解することで大人に照らし合わせ、そして再び子どもを理解するという作業によって人間としての子どもが理解できると言えよう。大人としてより良く生きていけるようになるためには、子どもに対する教育によって将来を託していくことも大切ではあるが、そのためには大人が大人の理論だけで考えた教育を子どもにしていくのではなく、あくまでも子どもの特性を見極めた教育をしていくことが重要になってくる。

 では、さらに子どもを理解し、教育に生かしていくためには、大人は何をしていかなけばならないのであろうか。

 子どもについて端的に言い表わすならば、和田によれば、それは「まだ小さな人間」と言い表されている。この点について和田は以下のように詳しく論述している。

「子どもはいかに小さくてもすでに『人間』であって、最初から人と人との関係の中にあり、しかもこの関係の意味を自分なりに察知して、それに応じて動くことのできる存在である。しかし、子どもは人間であっても、『まだ小さい』という保留づきの人間であり、大人のように自立できない『頼りない』人間であって、新生児において特に明瞭であるように、大人の助けがなければ人間として生きていくことのできない存在である。大人は子どもがいなくても生きていくことができるが、子どもはたとえその大人がよくない場合でも、大人に依存しなければ生きられない。」

 子どもは成長途上にあって「頼りない」存在ではあるものの、意志を持って大人の庇護を要求し、また模倣する存在である。この点は子どもの最大にして最重要な特性であるということを、大人はしっかり理解した上で子どもの教育に当たらなければならいと言える。

 では、こうした子どもの特性を理解した上での、子どもへの具体的な教育的コミュニケーションはどのように行われるべきなのであろうか。

 まず、ここでの重要点として、乳幼児と母親とのコミュニケーションが挙げられる。

 子どもはこの世に生を受けて初めて接する大人は母親である。そのコミュニケーションはすでに子どもが母親のお腹にいるときから始められ、和田は「子どもと母親の間には胎児の段階から極めて精妙な精神身体的な相互作用、母子関係の絆が存在していることである」と指摘している。

 ということは、子どもへの教育の第一段階としては、母親による働きかけがいかに重要であるかがうかがわれる。これを裏づける一例として岩佐京子『テレビが幼児をダメにする!!』の中では、「心身ともに正常な子どもであれば、誕生日を迎える満一歳くらいになると、意味のある言葉をポツリポツリと話し始め、・・・(中略)。ところが、最近の研究や関係者の観察によると、初語を発する時期が遅れ気味であると報告されることが多くなっている。そうなる最大の原因は0歳児からの長時間にわたるテレビの視聴とされる。要するに、テレビをみている時間が多くなるほど、周りにいる大人からの言葉を介した働きかけが少なくなるため初語は遅れがちになるというのである。」

 子どもに対して単に言葉を記憶させるという作業を行うのであれば、子どもをテレビの前に置いておくということも一つの手段であろう。しかし、言葉を意味のあるコミュニケーションツールとして理解させるためには、母親が表情豊かにくり返しその言葉を子どもに投げかけることによって、子どもも意味のある言葉として理解できるものであろう。また、母親も子どもの表情をつぶさに観察することで子どもの心を読み取り、時に愛着を感じ、時に愛情を持って叱るという行為が行われ、母子関係の絆が深まると言える。

 こうした母子関係のやり取りの中に、子どもを教育することの本質が隠されているのではなかろうか。それは、愛情を持って子どもと接することで、子どももその愛情に答えようと無意識の努力をし、愛情に答えることによってさらに母親からの庇護が期待できるというサイクルである。このサイクルは子どもの本質を理解していれば、教育現場にも応用できると言えるだろう。母子関係の中に教育の根本原理が見出せると言っても差し支えなかろう。現代の教育現場は、こうした教育の根本原理を見のがしてはいないだろうか。

 

 最後に、これまでのまとめとして、ランゲフェルトは人間の本質を「教育されなければならない動物」であると述べているところにつきる。子どもはその教育を「模倣」という行動によって得ようとする。

 子どもは大人から認められたい、または庇護を受けたいという意志のもと、そうした期待に答えてくれそうな大人の姿を模倣し、自らの成長を促していく存在であるといえよう。その意味ではまさに「教育を必要とする存在」であり、「教育されなければならない動物」あると言える。また、大人も子どものそうした本能にも近い欲求を十分理解し、受け入れ、答えていく姿勢が必要である。

 しかし、今日の教育を俯瞰してみた場合、必ずしもランゲフェルトが指摘するような子どもを「教育されなければならない動物」としての捉え方をしていない状況が見受けられる。例えば、日本の受験制度を考えた場合、その勉強は子どもを「教育されなければならない動物」という視点に立ったものとは言いがたく、時には親のエゴが見え隠れしている。子どもは親から認められたい、または庇護を受けたいという意志が働いているので期待に答えようと頑張るが、親との考え方の違いにギャップを感じることもある。

 また、不登校の問題にしても、子どもは何とか学校に行きたい、勉強をしたいと思っていても、なかなかうまくいかず、親の焦りが子どもに乗り移っている状況もしばしばである。

 今日の教育の諸問題を考えてみた場合、そこには大人のエゴや論理が大勢を占めていて、子どもの側から見た教育と言うものがあまり語られていないがために、問題がなかなか解決できないでいるように思われる。全て子どもに迎合しろとまでは言わないが、教育問題を論じている大人は、もう少し子どもの目線に立って、ある意味で裏から教育を論じてみるという方法を考えてみてはいいのではないだろうか。

 

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<如水館バンコク開校> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 去る4月25日、バンコク北郊にタイでは初めてとなる日本語による授業を行う高等学校、如水館バンコクの開校式・入学式が行われました。当日は小雨の降る天気でしたが、1期性なる15名の生徒は緊張しながらも晴れやかな表情で開式を待っている姿が印象的でした。

 如水館は広島県三原市にある男女共学の私立中学・高等学校で、ここ最近は帰国子女を積極的に受け入れる一方、タイでは日本へ留学を目指すタイ人学生への日本語の指導などの活動を行ってきた学校です。今回如水館バンコクの開校にあたってはバンコクのYESというバイリンガル・スクールの協力を得て開校の運びとなりました。

 式典では、来賓として日本大使館の新見公使、日本人会の小野会長、バンコク日本商工会議所の井上事務局長など、多くの方がお祝に駆け付けました。

 在タイ日本人に対する日本語での高校教育の場として、今後の益々の発展が期待できるすばらしい開校式・入学式であったと言えるでしょう。

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<めざせS.E.N.S 特別支援教育士への道> −−−−−−−−−−−−−−−

3月20日

 いよいよ特別支援教育士資格認定試験の当日となりました。これまで足かけ2年間、大学院の授業とこの資格を取得するためのセミナー参加でタイと日本をいったい何往復したことか。やっとここまでたどり着けたという感じでした。

 試験会場は例によって明治学院大学。正門前には『特別支援教育士資格認定試験会場』と掲示されており、その掲示を見て、それだけである種の感慨にふけってしまいました。

「いかん、試験はこれからだっちゅうの。」

と、気持ちを入れ替えて試験会場に向かいました。

 試験会場には受験番号順に座るように指示されていて、受験者数は240人程。大阪会場でもおそらく同じくらいの人数が受けていたでしょうから、受験者総数は500人くらいなのでしょうか。試験会場には昨年12月の指導実習で同じグループだった方もいらしていて、試験前にお互いの検討を誓い合いました。

 そして、いよいよ試験開始。制限時間は90分。問題用紙を見てびっくり。かなりのボリュームで、90分で解くのにはかなりハードだと感じさせられました。特別支援教育士資格認定試験についてはいわゆる「過去問題」というのが一般には出回っていないので、どのような問題が出るのかが予想できなかったのです。

 問題は7割方は選択問題なのですが、ところどころ

「それ、どっちともとれるよな。」

という問題がちりばめられていて、正直手こずりました。

 そして、あっという間に90分の時間が過ぎて試験終了。解答用紙と共に問題用紙も全て回収されました(しかも問題用紙にも受験番号と名前を記入の上で)。自分としては全力を尽くしたのですが、結果は5分5分という感触でした。しかし、結果はどうあれ、ここまでたどり着いて試験を終わらせたという安堵感の方が強かったです。

 そして3月31日。バンコクの私の事務所に結果が送られてきました。封筒を開けてみると結果は「不合格」でした。不合格理由は「基準点に達しませんでした」とのこと(だから不合格なんだけれども)。今年12月にもう一度試験があるので、心新たに再度挑戦することになりました。

 そういうわけで、この連載も今回で終了となるのかと思いましたが、まだしばらくは続けなければならなくなりました。読者のみなさん、もう少し私の奮戦記におつきあい下さい。

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<書評> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

日本の教育の問題点をつく。

タイトル:「タイゾー化する子供たち」

原田 武夫 著 光文社 刊

2006年9月30日 初版 952円

ISBN4-334-93391-2

コメント:

 本のタイトル(タイゾーとは先の総選挙で話題となった杉村大蔵議員に由来)につられて思わず買って読んでみた1冊ですが、現代の日本教育の荒廃をアメリカとの関わりという視点でとらえて論証している本です。

 筆者の原田武夫氏は元外務官僚で、現在はシンクタンクを主宰している方です。

 氏の論証では、現在日本の教育が荒廃し、ある意味での「日本らしさ」が失われて行った背景には、戦後アメリカが日本の教育に深く関与し、日本の富をアメリカが搾取していけるように巧妙に仕組まれた結果であるとしています。そのためタイゾー(プロセスを考えずに結果だけを考える若者の象徴として)のような若者が増えてしまったとしています。

 日本の教育の問題点を新たな視点でとらえられる秀書です。

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<新・頭のよくなる風水> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

学習机にこだわってみませんか?

 賢い子供に育てるためには、子供部屋の環境を整えてあげることも大切ですが、もっと身近なところから風水的には賢い子供を育てる手がかりというものがあるのです。それは学習机。たかが机一つにそんなに効果があるのかといぶかしく思う方もいるかもしれませんが、ところが結構学習机の善し悪しで子供の学習意欲は大いに変わってくるものなのです。

 そこで今回は学習机にスポットをあてて話を進めていきたいと思います。

 まず、材質ですが、これはスチール製のものよりかは木製のものをお薦めいたします。木製の机は学習の際に落ち着きをもたらしてくれます。色は黒かブルー、グリーンなどの色がいいでしょう。

 それから、最近ではシステマティックな学習机などがあって、机の前に本棚があるものが見られますが、このタイプは避けた方がいいでしょう。机はできるだけ広々と使えるようにしたほうが学習効果もあがります。それに、目の前になにかがあるとどうしても気が散ってしまいますからね。本棚は別に用意し、机の横または子供が座っている後側の壁(これも方位と部屋の造りによってによってどちらに置くかが決まりますが)に置くのがいいでしょう。

 次にいすですが、子供の身長に合わせて高さが調節できるしっかりした作りのものを選んであげて下さい。椅子の高さがあっていないと姿勢が悪くなり近視の原因にもなり、そうなるとさらに学習効率が悪くなります。

 そして、最後に机の位置ですが部屋の北側に置き、北を向いて座れるようにして下さい、できれば北側には窓などなく、壁だけがあるのがベストです。そうすることにより子供が落ち着いて勉強に取り組めるようになってきます。 

 さあ、みなさん。これだけでしたら大幅な模様替えをしなくても賢い子供が育てられる第一歩となります。みなさんもぜひ実践してみて下さい。

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<編集部より> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

*Sukusaでは発行に際してご協力いただける協賛スポンサーを募集いたしております。詳しくはSukusa編集部(sukusa@siam-micky.com)までお問合せ下さい。

 

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